最終になれなかった最終サンプル。
「O.G.BROS.WEB」のレポートでは説明しきれないほど、何十回もの電話やLINE、画像のやり取りを繰り返し、修正に修正を重ねたワックス原型が完成。そして、鋳造による最終サンプルが完成した。
所有欲を満たしてくれる「重量感」。手にする度に心昂る「板感」と「塊感」。既に完成していたスタッズベルトに合わせると、その迫力は何倍にも膨れ上がった。
ようやく完成した……。すべてにおいて、脳内で描いた理想形と完全リンクしていると信じて止まなかった。すぐさま椿谷氏に電話を掛け、最終サンプルに問題がないことを伝え、50個の生産を正式に発注した。
バックルは「本体」「バー(バックル中央)」「ピン」の3パーツを鋳造で成形。本体の中央にバーをロウ付けし、最後にピンを取り付けて完成となる。
「本体」と「バー」をひとつのパーツとして鋳造することも考えたが、形状が複雑になることで溶かした真鍮が上手く流れず、「鋳巣」が発生する可能性が高まると指摘された。
「鋳巣」とは内部に発生する空洞のことで、耐久性に影響する。そのため、椿谷氏からは「本体」と「バー」を別パーツとして鋳造し、ロウ付けする方法を採用すると報告を受けていた。手間よりも強度を最優先に考えた職人の判断である。
生産を止めて、作り直す。
鋳造による「本体」「バー」「ピン」の3パーツ、各50個が完成。さぁこれから椿谷氏が組み上げるというタイミングで、自分自身の甘さを痛感し、猛省すべき事態が発生した。
それは使用テストを兼ねて最終サンプルを身に付け、百貨店を訪れた時のこと。トイレで用を足し、ベルトを締め上げた瞬間だった。
ピンが想定以上に突出していることに気が付いた。仕事部屋で最終サンプルを手に取り、確認した時には感じなかった強烈な違和感。バックルとして明らかに美しくない姿。
トイレで下腹部を見つめ、しばし呆然とする自分。さぞかしヤバい奴だと思われたことだろう。

理由はすぐにわかった。ピンは可動するため遊びを持たせて取り付けているが、ベルトの革に押されて想定以上に動き、上写真のように突出してしまったのだ。
特にオガワは、ベルトに装着したバックルのピンがカチャカチャと動くことが好きではない。そのため、バックルの取り付けが若干タイト(特に新品時)になるようにベルト側を調整している。このことも、想定以上にピンが突出した原因と思われる。
すでに鋳造は完了し、50個のピンが完成している。さらに、椿谷氏は多忙の中、このバックルのために時間を割き、組み立て作業を始めている。

さすがに困った。だが、見過ごす訳にはいかない。迷っているうちに、椿谷氏は作業を進めてしまう。気持ちを奮い立たせ、椿谷氏に連絡。稚拙なイラストを見せながら、ピンを作り直したいと伝えた。
百戦錬磨の男は一切動じることはなかった。いつもと変わることなく、穏やかな口調でピンを作り直すことを約束してくれた。


数日後、椿谷氏からLINEで画像が届いた。上が突出した修正前、下が修正後のピンだ。リクエスト通り、ピンの長さを数ミリ短くし、曲げ具合も調整してくれた。

その後、修正したピンに付け替えた最終サンプルをベルトに装着したところ、突出することなく、バックル表面にピタリと収まった。
完成した喜びに浮かれ、「大丈夫だろう」という思い込みが招いた今回のトラブル。少しでも早く生産に入りたいという焦りから、使用テスト前に発注してしまった痛恨のミス。結果、椿谷氏にも多大な迷惑を掛けることになってしまった。
鋳造で作った修正前のピン50個とその費用は無駄になってしまったが、この一件はオガワにとって非常に価値のある貴重な経験となった。


ピンの修正後、現在に至るまで日常的に使用しているが、問題は一切発生していない。真鍮という素材ゆえ、日に日に変化する表情を見てほくそ笑む毎日。
脳内で描いた理想の真鍮バックルが、ようやく、そして本当に完成した。