革と木材の融合。
2018年秋、理想とする革ジャンを具現化した「OG-1」を発表した。極限まで無駄を削ぎ落としたシンプルなデザイン。目指したのは、研ぎ澄まされた日本刀のような一着だった。
この記念すべき一着が完成した瞬間、オガワの脳内には新たな欲求が生まれていた。「OG-1」に相応しい極上のハンガーが欲しい。レザーJKTの如く、使い込むほどに風合いを増す「育てるハンガー」だ。
今振り返っても驚くことに、当時、既に具体的なイメージが脳内で完成していた。レザーJKTをしっかりと支える骨太な木製ハンガーに、飴色にエイジングする栃木サドルを隙間なく巻き付ける。そして、英国アンティークソファのように「これでもか」というほど鋲を打ちまくる。
では、なぜ完成までに6年もの歳月を要したのか。それは特殊な製作工程が大きく影響している。
曲面で構成されたハンガーに革をピタリと巻き付ける技術。木製のハンガーに膨大な鋲を打ち込む技術。そして、将来を見据えたリペアのアイデアと技術。革と木材、双方に精通した職人でなければ、このハンガーを託すことはできない。
おそらく、オガワが「Daytona BROS」編集長時代に知り合った一流の革職人たちに依頼すれば、製作を受けてくれたかもしれない。
だが、製作数が多くなるほど、バリエーションが多くなるほど、オガワは更なる理想形を目指し、数多のリクエストを遠慮なく投げるだろう。ともなれば、木材の特性を熟知し、木工技術を有していなければ、大きな負担を掛けてしまうことになる。
そうした懸念から、なかなかプロジェクトを進めることができなかったのだ。
まさに「灯台下暗し」。
完全に失念していた。2022年から馬革バッグ「OG-6」でタッグを組んでいる、ふたりの男のことを。グルーバーレザーの徳永代表と原山氏だ。
かつて家具大工として経験を積んだ徳永代表。同じ職場で、日々、匠の技に触れてきた原山氏。編集長時代、取材で彼らの経歴を聞いたことはあったが、すっかり「革職人」としてのイメージが定着し、完全に忘れてしまっていた。
こんなに頼もしい男たちが身近にいたにも関わらず……、なんという失態だろうか。
2023年12月、長野県千曲市のファクトリーを訪れた時、1本の木製ハンガーを持参し、「革巻きハンガー」について相談してみた。「ちょっとやってみましょうか」と即座に栃木サドルを適当な大きさにカットし、水で濡らし、木製ハンガーに巻き付けていく。
時折、霧吹きで革を湿らせ、革を伸ばし、低温に設定したアイロンを当てながらハンガーの曲面に密着させていく。半信半疑で見守っていたオガワも、次第に栃木サドルがハンガーに密着していく様を見て、確信に変わった。
ハンガー上面の革巻きが完了。即席のため荒削りではあるが、その姿は紛れもなくオガワが追い求めてきた「理想のハンガー」の一部分である。革巻きだが、まるで木のような質感。素晴らしい。
だが、ここまでは革職人としての技だ。ハンガーに無数の鋲を打ち込んで、初めて「理想のハンガー」はカタチになる。
同じ木材で作られたハンガーでも、個体差は必ずある。1本のハンガーでも、硬い場所、柔らかい場所があるだろう。木材の状態を瞬時に判断し、絶妙な力加減で鋲を打ち込まなければいけない。徳永代表、原山氏の木工技術が求められる。
身を持って、難しさを知る。
その前に、オガワがやるべきことがある。まずは木製ハンガーに打ち込む鋲を決める。素材は真鍮と決めていたが、鋲の種類、大きさには膨大な種類がある。
ネットで調べ、ホームセンターを巡り、辿り着いた「太鼓鋲」。その名の通り、太鼓の革を固定する時に使われる鋲。各サイズを取り寄せ、実際にハンガーに置いて確認。もっともバランスが良かった、頭径9ミリの太鼓鋲を使うことにした。
創業1950年、鋲と釘の専門メーカー「錺技研」(かざりぎけん)の太鼓鋲。神社仏閣が多い奈良県に本社、工場を構えていると聞くだけで、ワクワクしてしまう。
ハンガー底面は一周ぐるりと打ち込むだけだが、ハンガーに巻き付けた革が三方向から集まるフロント中央(詳細は後のレポートにて)には、別の革を被せて、周囲に太鼓鋲を打つ。
フロント中央はハンガーの顔とも言える場所だ。ジャケットを吊るした時に、太鼓鋲がバランス良く見えなければいけない。被せる革の形を何度もテストし、太鼓鋲が襟に干渉することなく、見る者を高揚させる配置に追い込んでいった。
上写真はイメージを確認するために、不器用なオガワが太鼓鋲を打ち込んだハンガー。これが実に難しい。ハンマーを垂直に振り下ろさないと、すぐに頭が曲がってしまう。革も傷だらけになる。
ドリルで小さな下穴を開けることで失敗は低減するが、とにかく手間が掛かる。フロント部分の作業だけで疲労困憊。このハンガーには、技術だけでなく驚異的な集中力と忍耐力が求められることを、身を持って知ることとなった。
恐るべし、匠の技。
フロント中央のデザインをファクトリーに伝えてから約1か月後、徳永代表からLINEで写真が送られてきた。それを見た瞬間、驚きを通り越し、恐ろしさすら感じる自分がいた。そこに写っていたのは、紛れもなく2018年に「OG-1」を作り上げた瞬間に脳内に描いたハンガーだった。
「イメージに近い」なんてもんじゃない。「イメージそのもの」である。
革巻きもさることながら、湾曲した底面にびっしり打ち込まれた太鼓鋲の美しさ。革と木材が融合した、ひとつの芸術作品のような佇まいである。
2018年「OG-1」から始まった「Original Garment Brothers」のプロダクトは、2024年11月現在で「OG-24」に至っている。このハンガーには、サンプル完成時点での最新品番「OG-21」を与えたが、実際には「OG-1」に次ぐ二番目のプロダクトと言っても過言ではない。
オガワが企画するプロダクトは、企画からオーダー開始まで2〜3年を要することも珍しくない。だが、6年経ってようやくオーダー開始に至るプロダクトは、後にも先にも「OG-21」だけだろう。
凄いプロダクトが誕生した。