すべての個体の裁断に立ち会う。
腑(ふ)と呼ばれる鱗状の模様こそ、クロコダイルの魅力。ふたつとして同じ模様は存在しない、まさに唯一無二。
美しく並んだ腑の魅力を活かすも、台無しにするも、裁断次第。サンプル製作時も、すべてのパーツを抜き出すのに三時間を要した。
もっとも重要なのは前後の胴。面積が一番大きいパーツだけに、バッグの見た目を左右する。ミリ単位で位置を決めなければいけない。
一匹のクロコダイルから一枚しか取ることができないメインパーツである胴は、前後の相性も重要だ。
本生産時には複数枚のクロコダイルがファクトリーに届くことになる。すべてのクロコダイルを見極め、腑の大きさや並び、照りや色味、質感がもっとも近似した前後のマッチングを探る。
クロコバッグの生産は、馬革バッグ「OG-6」と同じく、グルーバーレザーの徳永氏、原山氏に委ねる。「OG-6」では事前のセッションを何度も行い、オガワの脳内イメージを完全インプットしてくれた彼らに裁断も任せている。
だが今回は、すべての個体の裁断にオガワも立ち合い、職人としての彼らの意見、オガワが脳内に描く理想形、双方をぶつけ合いながら、最高のパーツ、最上のマッチングを導き出す。それほどまでに、クロコダイルはデリケートで難しいマテリアルなのだ。
ナイルクロコを使う理由。
素材について説明しておきたい。クロコダイルと呼ばれる革には4種類が存在する。
■スモールクロコダイル(ポロサス)
■ナイルクロコダイル(ニロティカス)
■ラージクロコダイル
■シャムクロコダイル
ちなみに「アリゲーター」「カイマン」は、クロコダイル科ではなくアリゲーター科に属するため、クロコダイルとは呼ばない。
近年、よく耳にするのがスモールクロコ。学術名でポロサスと呼ぶことも多い。細かく並んだ腑が美しく、人気、稀少性ともにトップクラス。高額で「最高級クロコダイル」とされている。
今回、オガワが企画したバッグにはナイルクロコを使う。「なぜ、ポロサスではないのか」という疑問を抱いたブラザーもいるだろう。
明確な理由がある。
あくまでオガワの個人的な意見だ。このバッグの素材として使うには、ポロサスは上品過ぎるのだ。
クロコダイルの腑には、長方形の「竹腑」、丸い「丸腑」がある。ポロサスは竹腑と丸腑のコントラストが最大の特徴。中央に竹腑が並び、その左右が一気に丸腑へと変化する。このコントラストが上品で美しいとされる。
ポロサスの素材写真が用意できなかったが、気になるブラザーはWEBやSNSで見て頂きたい。
一方、ナイルクロコ(上写真)は中央に竹腑が並び、左右に向かうほど、緩やかに竹腑の角が落ち、丸みを帯びていく。この無骨で男性的な雰囲気が、ポロサスよりもオガワの理想に近かった。
幅30センチに満たない小さなバッグだが、手にするのはオガワ自身であり、骨太なオヤジたちだ。上品な美しさよりも、男性的な力強さが似合うはずだ。
無論、ポロサスを否定しているわけではない。この先、ポロサスがもっとも似合うプロダクトを企画した時には、迷うことなく使うだろう。稀少性やプライスではない。己のイメージにリンクするか否か。至極単純な選択なのだ。
余談だが、世界的高級ブランドの有名バッグでは、スモールクロコ(ポロサス)、ナイルクロコ(ニロティカス)の二種類のクロコダイルを使ったモデルが、それぞれラインナップされている。
ひとつのバッグに2匹半。
サンプル製作のために用意した、3枚(3匹)のナイルクロコダイル。実際に使うのは2.5枚強だが、革の個体差や状態によっては3枚すべてを使うこともある。
バッグのメインパネルとなる前後胴の裁断。腑の大きさや並び、照りや色味、質感が近い2枚を選び、枠を置いて位置を決める。
文章で書くとあっという間だが、3枚から2枚を選び、さらに枠を置いて位置を決める作業だけで一時間以上を費やしている。
上写真、帯状や長方形の型紙は各一枚しか置いていないが、実際には2枚のパーツを裁断する。(ボトム中央のパーツは除く)
パーツの向きにもこだわる。前後の胴だけでなく両サイドのマチも、クロコが上を向く(頭部が上になる)ように裁断する。
前後の胴は実寸よりも少し大きく切り出した後、抜き型を慎重に配置する。中心、左右の傾き、前後のバランスを見極めて、いざ裁断。失敗は許されない。
他パーツも同様に、慎重に位置を決めて抜いていく。
バッグを構成する全クロコパーツ。
胴の前後(A面B面)を確定し、それぞれの表情に合う根革(ハンドルと本体を繋ぐ革パーツ)の組み合わせを決めていく。それ以外のパーツも、徳永氏、原山氏と意見交換しながら、位置や組み合わせを決めていく。