「OG-9」が生まれる瞬間。(後編)

「OG-9」Short Wallet

緻密に計算された、仕立て手順。

それは、まるでパズルのようだった。亀太郎氏が「OG-9」を仕立てる工程は、一般的なウォレット製作の工程とはまるで別物。簡単そうに見えて、実は複雑を極める。

レザークラフトに精通した人であれば、このウォレットの仕立てがいかに困難であるか、想像が付くだろう。

作業を目の当たりにしていたオガワの脳裏に、箱根寄木細工の秘密箱が思い浮かんだ。緻密な計算で作られた秘密箱は、決められた手順でなければ開けることができない。

「OG-9」の仕立ても同じだ。亀太郎氏の脳内にのみ存在する説明書通りに縫い進めていかなければ、物理的に縫製ができなくなる箇所がある。

前回のレポートではウォレットの内部が仕上がった。後編では、いよいよ馬革を貼り合わせる工程に入る。

「OG-9」の見せ所は多いが、やはり「ヘリ返し」のエッジは象徴的なディテールだ。

一般的なレザーウォレットのエッジは、革を裁断し、コバを磨いて仕上げる。一方、「OG-9」では、レザーJKTの袖口のように折り返した「ヘリ返し」のエッジを採用する。これにより、エッジが擦れることで下地のブラウンが現れ、表情豊かな茶芯の馬革を楽しむことができるのだ。

上写真は、ヘリ返す部分を革漉き機で漉いているところ。茶芯の馬革なので、黒い床面を漉くと、内部のブラウン層が現れる。

芯材となる栃木サドルに馬革を貼り合わせ、丁寧に折り返していく。極上の栃木サドルを芯材として使う、非常に贅沢な作り。

コーナー部分は「菊寄せ」。切り込みを入れることなく、折り込みながら、「菊」の花びらのような美しいコーナーを演出する。ただし、ウォレット本体に貼り合わせると見えなくなってしまう。

ウォレットの外革が完成。国内の小さなタンナーで、頑固一徹な職人が秘伝のレシピで鞣したオリジナルの馬革。表面処理を施していないので、天然の表情をダイレクトに楽しむことができる唯一無二の素材だ。

ウォレット本体に外革を合わせてみる。オガワのテンションはマックス。脳内でイメージし続けてきたウォレットが、間も無く現実のものとなる。

ウォレット本体と外革を縫い合わせるため、菱目打ちで縫い穴をあける。この菱目打ちは、オガワが理想とするステッチ間隔を実現するために、亀太郎氏の提案でオリジナルで作ったもの。ロングウォレット「OG-8」でも使用している。

通常は縫い合わせる革を重ねて、菱目打ちで一気に穴をあける。だが今回は、

■3ミリの革パーツを挟んだ収納部
■ウォレット内部のベース革
■栃木サドルに馬革を貼り合わせたウォレット外革

これらをすべて一度に縫い合わせていく。その厚みは約11ミリ。当然、一気に穴をあけられないので、外革とウォレット内部、別々に穴をあける。

穴の場所がズレると縫い合わせることができない。穴の数が異なるなど論外。非常に緻密な計算の元に、穴あけを行う必要がある。

さらに、ジッパーも同時に縫い合わせる。ウォレット本体にジッパーを接着剤で仮止めする。

ジッパーのスライダー&引き手は、レザーJKT「OG-1」「OG-2」と同型のユニバーサル。テープカラーは馬革バッグ「OG-6」で採用した無骨な茶褐色。「YKK」にオーダーした特別なジッパーだ。

ここまで来て、失敗は許されない。何度も念入りに穴の位置を確認する亀太郎氏。

まずは、ウォレットの片サイドだけに外革を貼り合わせ、縫い始める。

もう一度、言わせて頂く。縫い合わせる厚みは、約11ミリ。針先で穴を探りながら、この壁のような革の層に、針を刺し、貫いていく。高度な技術はもちろんだが、針を貫く瞬間の覚悟も求められる。

この厚みの革を縫い合わせていくには、通常の何倍もの時間が掛かる。

約11ミリ厚を縫い進めるということは、縫製糸も長く確保する必要がある。その分、動作量も増え、心身ともに相当な負担が掛かる。全神経を研ぎ澄ませ、革の壁に向かう亀太郎氏の驚異的な集中力に圧倒される。

ウォレット片サイドを縫い合わせたら、次は反対サイド。ボンドを塗って、本体に外革を貼り合わせる。この際も、縫い穴がズレないように細心の注意を払う。

ここからの工程では、先ほどまで使用していたレーシングポニー(革を挟む木製の固定工具)が使えない。非常に不安定な中、分厚い革の層を縫い合わせて行かなければいけない。実際に使ったことがある人なら知っているだろうが、レーシングポニーの有無は作業効率に大きく影響する。

なぜ、レーシングポニーが使えないのか。ちょっと複雑なハナシになるので、わかりにくかったら申し訳ない。

あくまで一般的な構造のラウンドジッパーに言えることで、すべてのウォレットに共通することではない。くれぐれも誤解のないようにして頂きたい。

たまたま、オガワの自宅に、ミシン縫いではあるがロングのラウンドジッパーがあったので、それを使って説明しよう。

一般的なラウンドジッパーは上写真のように、中央に小銭入れや仕切りを設け、その両サイドに、内側に折り込んだ「くの字」のマチが付く。

この構造の場合、ウォレットを大きく広げて外周をすべて縫い合わせ、最後に中央の小銭入れとマチを縫い合わせて完成となる。だから、外周を縫い合わせる時には、常にレーシングポニーが使えるのだ。

では、小銭入れとマチは最後にどうやって縫い合わせるのか。実はマチの構造を逆手に取り、上写真のように外側に引っ張り出して縫い合わせることが多い。この状態なら、手縫いはもちろん、ミシンでも縫える。

だが「OG-9」では「くの字」のマチを意図的に使っていない。しかも、小銭入れの左右幅を、ウォレット幅よりも5ミリ短くしている。

そのため、引っ張り出すことも、手を入れることもできず、小銭入れを最後に縫い合わせることができない。よって前述のような、複雑な手順となってしまうのだ。

今更ながら「くの字のマチは嫌いだから使わない」「ジッパーに干渉するから小銭入れを左右5ミリ短くしてほしい」……、なんというワガママを言ってしまったものか。

おそらく亀太郎氏はオガワのワガママを聞いた瞬間、こうなることは把握していたはずだ。それでも「やりましょう」と快諾してくれた懐の深さ。感謝しかない。

そうしているうちに最終仕様の「OG-9」が完成した。素晴らしい。出来立てホヤホヤの「OG-9」を手にするオガワの腕には、鳥肌が立っていた。