やっぱり、デニムはいい。
アメカジ雑誌の編集長という職に就いていたこともあり、数多くのデニムパンツを穿いてきた。トラディショナルなXXタイプから細めシルエット、ライトオンスから超ヘビーオンスまで。10年以上前、体重50キロ台のスリムボディだった頃には、スタイリッシュなブーツカットにウエスタンブーツを合わせて楽しんでいたこともある。
やっぱり、デニムはいい。「色落ち絶対主義者」ではないが、穿き込んで、色落ちしたデニムパンツには、やはり心が躍る。
「Daytona BROS」を発刊した11年間で、1000本を超えるデニムパンツの撮影に立ち会ってきた。ヴィンテージに精通したアメカジ業界の大先輩たちが、豊富な知識と底なしこだわりで作り上げた1本は、どれも素晴らしく、世界中のデニムラヴァーたちが注目するのも納得の品質だった。
だが一方で、ヴィンテージをベースとしたそれらのデニムパンツに、個人的な違和感を覚えていたことも事実である。
ヴィンテージ衣料に興味がない。
ここからは、あくまでオガワ自身の趣向、個人的見解を書き連ねさせて頂く。
腕時計やクルマにおいては、旧いモノに大いに興味がある。所有の有無に関わらず、アンティークウォッチは大好物だし、60〜70年代のアメ車には常に憧れを抱いている。
若かりし頃、付属品がすべて揃った完品デッドストックで手に入れた、1971年製のロレックス「エクスプローラー2」(Ref.1655)のストレート秒針は、今でも手放したことを悔やんでいる。
かつての相棒だった1972年式、マーキュリー・クーガーは、今でも夢に出てくるほどだ。キーをひねり、火が入った瞬間の爆発的なエンジン始動。ヘダースからワンオフマフラーまで手を入れた排気系は、ご機嫌なV8サウンドを奏でてくれた。マッスルカーほどではないが、351cuin(5800cc)のフォードエンジンは十分過ぎるほどのトルクを感じさせてくれた。思い出しただけでも、ワクワクする。
そんなオガワだが、ことアメカジ衣料に関しては、ヴィンテージに興味がない。リーバイスの「XX」に夢中になったこともなければ、大戦当時のヴィンテージ「A-2」に袖を通したいと思ったこともない。
興味がないから、知識もない。「Daytona BROS」において、ヴィンテージ衣料に関する特集がほとんど無かったのも、そんな理由からだ。
5ポケットである必要がない。
アメカジ業界でデニムパンツ、ジーパンと言えば「5ポケット」を意味する。この「5ポケット」にこそ、違和感を感じ続けてきた。
デザインや生地やシルエットが問題ではない。「5ポケット」の「5個目のポケット」、つまり「コインポケット」が嫌いだ。
あの小さなポケットに小銭を入れたら最後、オガワの太い指では取り出せない。ジッポーを入れてアタリを楽しんでいた愛煙家時代もあったが、2007年に禁煙してからジッポーを持ち歩くことはなくなった。
冬場、かじかむ指先を温めようと小さなフロントポケットに手をねじ込む時、コインポケットのリベットが当たって痛みを感じることも少なくなかった。
そんな理由から、コインポケット不要論を、常に独りで唱えていた。
もちろん、ヴィンテージレプリカ系ジーンズの愛好家にとって、コインポケットは欠かせないディテールであることも理解している。旧いアメ車の大排気量エンジンも、興味がない人にとっては「無駄」で「不要」なスペックと言うだろう。
「こだわり」「嗜好」とは、そんな偏ったものでいいと思っている。偏屈でも偏愛でもいい。だからこそ、今日のアメカジ業界は成立しているのだ。
理想の1本を、作る。
2018年に立ち上げた「Original Garment Brothers」。多くのブラザーのお陰で、レザーJKTやデニムJKT、冬用JKTをリリースすることができた。他にも、レザーJKTの馬革を使ったウォレットやバッグなど、「自分自身が本当に欲しいモノ」をカタチにしてきた。
そろそろ、理想のデニムパンツが欲しいと思い始めた。
「Original Garment Brothers」が今までラインナップしてきたプロダクト、これからリリースするプロダクトと抜群に相性が良く、己の価値観を貫く全国のブラザーたちとワクワクを共有できる1本が欲しい。
さぁ、作ろう。品番は「OG-10」に決めた。
手が放り込めるフロントポケット。
ヴィンテージに縛られることなく、自由な発想で仕立てる1本。前述の通り、5ポケットはあり得ない。4ポケットだ。
だが、5ポケットからコインポケットを省略すればいいのかと言われれば、そうではない。理想とするフロントポケットがある。気軽に手が放り込める、深いフロントポケットだ。
突然だが、オガワは両手フリーが苦手だ。
想像して頂きたい。街中を歩いている時、信号待ちで立ち止まった時、レストランで順番を待っている時。何も持たず、両手がフリーな状態だったら……。不思議とバランスが崩れ、ぎこちなくなり、手のやり場を探し、結果、意味もなくスマホを手にする自分がいる。
そんな時、手が放り込めるフロントポケットがあれば、どれほど落ち着くことか。
お昼時、食事のために手ぶらで会社から出てきたスーツ姿のサラリーマンを見て欲しい。結構な割合でポケットに手を突っ込んでいる。無意識に手を突っ込んでいる。あながち、オガワの感覚が突飛なものではないとわかって頂けるはずだ。
そしてもうひとつ……、男は常に堂々と立ち振る舞わなければいけない。時には、虚勢を張ってでも自信に満ちた己を演出しなければいけない時がある。余裕をかますのだ。そんな時に、無造作に手が放り込めるフロントポケットは、心強いディテールになってくれる。
まだ、ある。
デニムパンツのバックポケットにスマホを入れる人は多い。アウターを着ない夏場は、なおさらだ。だが、そのまま椅子に腰を下ろし、スマホを破損した経験の持ち主は少なくない。
スマホがスッポリと収まる大きなフロントポケットは実に便利だ。フロントポケットに「ストン」とスマホが落ちる快感に慣れてしまったら、もう二度と5ポケットには戻れない。
「Original Garment Brothers」初となるデニムパンツ「OG-10」。その絶対条件は、手が放り込めるフロントポケット。それに尽きる。
だが、この明確で単純なディテールに、かつてないほど頭を悩ませることになろうとは。この時のオガワは知る由もなかったのだ。