抜き型さえ、アートになる。
ファーストサンプルの完成からほどなくして、「発注していた抜き型が届いた」と徳永代表から連絡が入った。2本目のサンプルを製作してもらい、その工程を撮影するため、長野県千曲市のファクトリーに向かった。
最初に見せてもらったは、完成したばかりの抜き型。栃木サドルの上にセットし、クリッカーと呼ばれるマシンでプレスして裁断する。専門職人が金属を加工して、指定された形状&サイズに作り上げる、芸術的な道具だ。
オガワは抜き型がたまらなく好きだ。あの鈍い輝きを見ているだけでワクワクする。今回ハンガーのために作られた抜き型は、特にヤバい。フロント中央、ボトムの革パーツを裁断する抜き型には、太鼓鋲を打ち込むガイドピンが取り付けられている。
その姿は、無敵の武器。
職人の手作りではあるが、インダストリアルな佇まい。しかも、このガイドピンは絶妙な高さに設定され、革に印を付けるだけで貫通はしない。恐るべし、職人技。
まさにアート作品のような抜き型である。
この「革巻きハンガー」に使用する革パーツは、たったの3枚。ハンガー全体を覆う大きなパーツ、ボトムに被せるパーツ、そしてフロント中央に貼り合わせるパーツ。
ハンガー全体を覆う大きな革パーツは手裁断で切り出す。ハンガーに巻き付けた後、余分な革をカットするため、抜き型で裁断するほど高い精度は必要ないためだ。
裁断したボトムとフロント中央の革パーツは、ヘリ落としでコバを整え、磨き上げる。製作するのはハンガーだが、ウォレットのようなレザープロダクトと同様、細部まで手を抜かず、徹底した下処理を施す。
何度も言い続けているが、オガワは自ら企画したプロダクトに、大々的に「Original Garment Brothers」の文字を入れることを好まない。もちろん「Original Garment Brothers」というブランド名には並々ならぬ愛着と愛情、揺るぎない誇り持っている。だが、それはオガワの心の内に限ったことだ。
「Original Garment Brothers」という言葉を一度も聞いたことがない人が、プロダクトの魅力だけで手に取ってくれる……、そんなモノ作りを目指している。
このハンガーでは、「Original Garment Brothers」が手掛けた証として、革を巻く前の木材に焼印を押している。当然、革を巻けば見えなくなる。
それでいいのだ。
その光景は靴職人のようだ。
ここからは、ハンガーに革を巻いていく工程を紹介する。写真では簡単に行っているように見えるが、実際はかなりのハードワーク。ある時は力技、またある時は繊細な作業。力加減を誤り、革が破れてしまえばすべてが終わる。一瞬たりとも気を抜けない、難しい作業の連続である。
ハンガーの下処理として、フックの根元部分を黒く染色する。栃木サドルに穴を開けてフックを通すのだが、ファーストサンプルでは、穴の隙間から下地の木材が僅かに見えてしまった。
1ミリにも満たない極狭の隙間だが、より美しい仕上がりを目指し、ブラックに染色して目立たなくする「ひと手間」を加えた。
まずは栃木サドルにたっぷりと水を含ませる。栃木サドルは水で濡らして形を作り、乾燥させると形状を保持する特性がある。
中央に開けた穴にフックを通し、ハンガー本体に革を巻き付けていく。立体的な部分は革を伸ばしながら密着させ、タッカーと呼ばれるホチキスのような工具で固定する。
肩先は見た目の美しさを左右する重要なポイント。湾曲した木材に革を密着させ、ワニと呼ばれる工具を使って、ボトム側に吊り込んでいく。一連の作業は、木型に合わせて革を吊り込んでいく(釣り込み)、靴職人の手仕事に似ている。
吊り込んだ革の重なり部分を丁寧にカットし、タッカーで固定。さらにハンマーで叩いで、平面に整えていく。1本1本、現物合わせの作業となる。
フロント中央も同様に、不要な革をカットしながら、平らに整えていく。このシンプルで美しい仕上がり(上写真)は見事としか言いようがない。
革を巻き終わったら、ヘラで擦りながらシワやヨレを解消し、美しく整えていく。
フロント中央に革パーツを貼り合わせる。ハンガーの「顔」だけに、ズレないよう細心の注意を払う。この写真では見えないが、革パーツの向こう端は、ボトムまで伸びている。
ボトムは左右の端から中央に向かって貼り合わせていくことで、ズレを防ぎ、バランス良く仕上げることができる。白く見えるのは、僅かな凹凸部分を平ら整えるために塗ったパテ。仕上がりの美しさを追求するため、見えない部分にも徹底的に手を入れている。
革巻きが完了したハンガー。濡らしていた栃木サドルも次第に乾き、よりカッチリとした仕上がりとなった。