次なるは、ブラックパンツ。

「OG-17」Wabash Pants

苦手だが、欲しい。

ブラックデニムが苦手だ。一度も穿いたことがない。特に、ヨコ糸に生成りの糸を使ったブラックデニム。あの白っぽく色落ちする表情が好みではない。愛好家には本当に申し訳ないが、安っぽさを感じてしまう。

そんなイメージが先行し、ブラックデニムはおろか、黒色のパンツに拒否反応を示すようになってしまった。生まれてこの方「学ラン」「礼服」「編集長時代のタイアップ撮影時」以外、ブラックのパンツを穿いたことがない。

にも関わらず、無性にブラックのパンツが欲しくなった。苦手だが、欲しい。その矛盾の源は、自分の年齢とライフスタイルの変化にあった。

気が付けば、オガワも51歳。柄にもなく上品なレストランでディナーを楽しむこともあれば、知人に誘われてオーケストラや舞台を鑑賞する機会も増えてきた。堅苦しい席は苦手だが、一方で自分からは率先して足を運ばない空間、非日常的な時間を楽しむ余裕も出てきた。

そんな場所に足を運ぶ時のスタイルは、いつも同じだ。インナーは一年中ユニクロのTシャツだが、「鹿革の12」や「黒馬の12」を羽織ればそれなりに格好がつく。ボトムはウォバッシュパンツ「OG-17」。足元の黒いブーツをピカピカに磨き上げ、片手にクロコバッグ「OG-19」を握ればいい。洒落者には鼻で笑われるかもしれないが、これがオガワの精一杯の正装である。

ある日、ふとブラックのパンツが気になり始めた。

インディゴデニムのウォバッシュパンツ「OG-17」も悪くはないが、堅苦しい空間には少々カジュアルであることは否めない。よりエレガントでクールな腰下を構築するには、ブラックのパンツが相応しいのではないか。

一度気になり始めると、手に入れないと気が済まない性分。新たなプロダクトとして製作すべく、脳内で理想のブラックパンツを描き始めた。

以上が、ブラックのウォバッシュパンツ「OG-17B」を企画するに至った発端である。

余談だが、分厚い脂肪で武装したメタボリックなオガワは夏が好きではない。暑さと湿度でポマードが溶け出し、ベタついた白い汗をかき、オールバックがタイトさを失う不快さ。ただでさえ苦手な堅苦しい席で、あの不快な気分を味合うのは御免だ。よって、夏場は前述のような上品な場には行かないようにしている。

黒×黒=理想の黒。

ブラックパンツとはいえ、スラックスやブラックのチノは柄じゃない。やはり、タフなデニム素材がいい。

ブラックデニムは大きく分けて二種類。ひとつはブラックのタテ糸、生成りのヨコ糸で織り上げるブラックデニム。生地の表面はブラックだが、裏面はヨコ糸の影響で白っぽくなる。一般的なインディゴデニムと同様、穿き込むと擦れた部分が白っぽく色落ちする。冒頭でお伝えした、オガワが苦手なブラックデニムだ。当然、生地の候補からは外れる。

もうひとつは、タテ糸、ヨコ糸ともにブラックで織り上げるブラックデニム。表面、裏面、共にブラックとなり、重厚感と色の濃さが格段に増す。染色した綿糸で織り上げた生地である以上、色落ちはするが、時間を掛けて緩やかにブラックが薄くなっていく。上品な色落ちで、安っぽさはない。今回は、この「黒糸×黒糸」のブラックデニムを使うことにした。

エイジング至上主義のデニム愛好家には少々物足りないかもしれないが、オガワが作ろうとしているブラックパンツにメリハリが効いた色落ちは求めていない。むしろ、長い間ブラックを楽しめるマテリアルはウェルカムである。

生地の厚さは、オガワが溺愛している「OG-17」と同じ13オンスがいい。下半身が覚えた快適な穿き心地を、わざわざ変更する理由もない。

「育て甲斐のある、もう少しヘビーオンスがいい」というリクエストも頂く。その気持ちも十分過ぎるほど理解できるが、オガワが欲しいのはヘビーオンスではなく、一年を通して快適に穿ける1本。50代、60代、70代のオヤジでも快適に穿ける1本だ。

「Original Garment Brothers」のコットンプロダクトの生地手配をお願いしている、岡山児島の美鈴テキスタイル。以前打ち合わせで訪れた際に、鈴木代表と共に選りすぐった13オンスのブラックデニム。このページのトップに掲載しているスワッチ写真が、それである。

「OG-17」のインディゴデニムのようなザラ感はなく、高密度で織り上げられた美しい表情。反面、手で触れると帆布のような逞しさと肉厚感を感じる、屈強な生地でもある。

当初、この生地をそのままパンツに仕立てようと考えていた。それほど、魅力的なブラックデニムではあるが、「黒一色」「緩やかな色落ち」という生地特性を考えると少々面白味に欠ける。

ならば、ウォバッシュはどうだ。「OG-17」のインディゴデニムと同様、このブラックデニムにドット抜染を施し、完全オリジナルのウォバッシュ生地に昇華させる。

古くからワークウエアに使われてきたウォバッシュ生地。汚れを目立たなくするための工夫と言われているドットストライプも、見方によってはエレガントで洒落たディテールとも受け取れる。ブラックデニムとの相性もいいはずだ。

生地幅にもよるが、パンツ1本のサンプル製作に必要な生地の用尺は2メートル前後だが、専門業者にドット抜染を依頼する場合、最短でも1反(50メートル前後)発注しなければいけない。抜染後に「イメージが違った」と思っても、後の祭りである。

覚悟を決めてブラックデニム1反を手配し、抜染を依頼。待つこと1か月、ファクトリーであるアパレルナンバの難波社長から届いたオリジナルのブラックウォバッシュ生地は、想像の遥か上をいく仕上がりだった。

心配していたのは、抜染によるドットの色味。抜染は色を抜いてドットを表現するが、完全に色が抜け切った純白なドットでは色気がない。抜染時の個体差はあるだろうが、手元に届いた生地のドットは淡いグレー。おそらく下地のブラックの影響を受けたと思われるが、この渋い雰囲気が最高に気に入った。

さっそくアパレルナンバの難波社長に連絡し、「OG-17」と同じ型紙でオガワ用のサンプル製作(サイズ34)を依頼した。

恥ずかしいサンプルを作ってしまった。

2週間後、完成したサンプルが送られてきた。ワクワクしながらウォバッシュパンツを取り出し、広げた瞬間、愕然とした。しばし動けず、額に冷や汗がじわじわと滲み出す。

インディゴデニムの「OG-17」(上写真)では、主要部分のトリプルステッチに「赤・生成り・赤」の縫製糸を使っている。それを見習い、ブラックデニムのサンプルでは「赤・グレー・赤」の縫製糸を使うことにした。

これが大失敗だった。インディゴデニムでは目立ち過ぎず、隠し味的なアクセントになっていた赤糸が、ブラックデニムでは過度に際立ち、全体の雰囲気を見事にぶち壊してくれた。

特にバックのヨーク部分、ステッチが悪目立ちし、Tバックのパンツを穿いているかのようなラインを強調する。残念ながら、今のオガワにそのような趣味はない。

20年もオールバックにサングラスという時代錯誤なスタイルを貫くオガワ、他人の懐疑的な視線には慣れているつもりだが、さすがにこれは恥ずかしい。

そういえば……、糸の色を伝えた時、難波社長が「本当に赤い糸で大丈夫ですか?」と意味深な確認をしてくれたことを思い出した。

すぐに難波社長に電話を入れ、謝罪と共にもう1本、サンプル製作を依頼。今度はすべてグレーの糸でトリプルステッチを縫ってもらうことにした。

どんなプロダクトでもイメージの違いや微調整でサンプルを作り直すことはあるが、ここまで見事にハズすことは珍しい。それもまた、モノ作りの楽しさである。