フルカウント辻田代表 ロングインタビュー「ステッチが消えた日」

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日本のデニム界に衝撃が走った。フルカウントのステッチが廃止になる。

1993年のブランド設立以来、基本デザインを変えることなく絶対定番を貫いてきたフルカウントのジーパン。ジーパンの顔、いやブランドの顔とも言えるステッチを、なぜこのタイミングで廃止するに至ったのか。

大阪本社、辻田代表の元を訪れ、数時間に及ぶインタビュー。そこには、理想のジーパンを追い求める辻田代表の揺るぎない覚悟が込められていた。

1990年代に起こった、日本のヴィンテージレプリカブーム。以来、現在に至るまで、日本のデニムシーンを牽引し続けてきた男、辻田幹晴代表は静かに語り始めた。

「僕がフルカウントを立ち上げた90年代、お客さんが一番欲しがったジーパンは紛れもなくXX(ダブルエックス)。当時、すでにヴィンテージは簡単に手に入るものではなかったため、多くのメーカーがXXを真似たジーパンを作り始めた。それがブームとなり、レプリカというジャンルが確立されました」

辻田代表はXXと見間違えるジーパンを目指した。生地、縫製、とにかくオリジナルに忠実。フルカウントのステッチもその一環としてデザインされたものだ。メーカーとしてではなく、ユーザーの立場からのモノ作り。ヴィンテージジーンズが好きな愛好家たちに認められるジーンズを作ろうとしていた。

ところが、レプリカブームが大きくなればなるほど、価値観が異なる人たちも穿くようになる。ヴィンテージを知らない人だったり、女性だったり。すると「XXのレプリカ」と言われたくないという気持ちが、いつしか、少しずつ辻田代表の心の中に芽生え始めた。

90年代後半になると、レプリカジーンズは爆発的に売れ、各ブランドは独自のアイデンティティを打ち出そうと模索し始めた。辻田代表は、当時をこう振り返る。

「あの時点でステッチを取るべきだったのかもしれません。もしくは、完全オリジナルのステッチを作るべきだったかもしれません」

ところが想定外のことが起きる。フルカウントのステッチが、ユーザーに浸透し過ぎたのだ。当初はXXをモチーフに考案したステッチ。購入後にステッチを少し抜いてXXに近付ける……当時の愛好家の間では誰もが知る儀式だった。

ところが、いつの間にかユーザーは「フルカウントとして穿きたい」と、手を加えず、そのままのステッチで穿くようになった。今のユーザーの中には、「糸を抜く」という儀式を知らない人すらいるだろう。

もうステッチは取れない。

ステッチをアイコンとして継続して行くことを決めた。だが、辻田代表の心には引っ掛かりがあった。心に薄くモヤが掛かっていた。

フルカウントの生い立ちを知らない人には「これヴィンテージのリーバイスみたいだね」と言われてしまう。もちろん、ジーパンを作り始めた当初の目的はそこにあった。しかし、何十年も作り続けているうちに、辻田代表の目線は少なからず違う方向に向き始めていた。心の片隅には「すでにXXを超えている」という自負もあった。

ステッチの商標登録がすべてを変えた。

心のどこかに引っ掛かりを感じながら、月日は流れた。一昨年、辻田代表は、フルカウントのステッチのデザインを商標出願した。レプリカジーンズに詳しい人であればご存知の通り、ジーパンにおけるバックステッチの扱いは非常にシビアだ。日本のレプリカブランドも、色々と頭を悩ませてきた。

「取れたんですよ。フルカウントのあのステッチの形で商標が取れちゃったんですよ(笑)」

次に辻田代表が発した言葉こそ、今回の「ステッチ廃止」の最大の理由であり核心だ。

「ステッチが商標登録された瞬間、僕の中でどうでもよくなった」

リーバイスという偉大なブランドに影響を受け、モチーフにしてきたことは事実だ。しかし、いつしかその事実が辻田代表の心の中で引っ掛かりとなっていたことも、これまた事実だ。

「商標登録ができたということは、フルカウントのステッチが僕たちの正規のステッチとして認められたわけですよね。その瞬間、どうでもよくなった。うまく表現はできないけれど、縛られていたものから解き放たれた感じがしました」

ステッチ、いらないじゃん。

辻田代表はすぐに営業スタッフや親しいお客さんに聞いた。すると、みんなが反対する。自分が好きなフルカウントというブランドを、ステッチで表現、アピールしたいユーザーが多いと言われた。それを聞いた辻田代表にも躊躇や不安はあった。しかし、自らを奮い立たせるように語る。

「ジーパンは生の状態から穿いて経年変化を楽しむアイテムです。何年も穿き込んで、色落ちして、かっこ良くなった頃には、ステッチはどうでも良くなっているのではないか。色落ちしたジーパンを見て、ステッチがカッコいいよね、とはならない。色落ちが抜群に良ければステッチなんか関係ない。そう思えるジーパンを作りたいと、闘志が湧いてきました」

今は良きライバルだが、辻田代表が一緒にやってきた仲間たちも、試行錯誤しながらこだわりのジーパンを作っている。最近では新しいコンセプトを売りにする新興ブランドも登場している。「僕たちがやらないことを探して、モノ作りをしているな」と感心する部分もあると語る。

とはいえ、辻田代表にはデニム界を牽引してきた経験と実績がある。今日のジーパン作りおいて、辻田代表が開拓、開発してきた部分も多々ある。ステッチを無くす決断をしたこのタイミングで、すべてを見直し、他を圧倒する「キング」と呼べるジーパンを作る決意を固めた。

25年間、お待たせしました。

フルカウントの大阪本社を訪れた1月中旬。その日は偶然にも、生まれ変わった新モデルが初めて本社に届いた記念すべき日だった。上がったばかりの新モデルを手に、辻田代表は力強く解説してくれた。

「生地には絶対の自信がある。生地は絶対に変えたくない。それ以外の部分、パターン、縫製、付属類、全部見直し、全部変えてやろうと思いました。ボタンの足の大きさから、革パッチの処理まですべて変えました。縫製糸も今まで使っていた糸を全部止めて、すべて新しく作り直しました。ワンウォッシュしただけでパッカリングを出すためには、やっぱり全パーツ、ユニオンスペシャルじゃなきゃダメ。自社専属工場のミシンも入れ替えましたよ」

特にパターンにはこだわった。型紙をもう一度見直し、穿いた時に本物のヴィンテージに見える形を追求した。

「僕のこだわりはパタンナーを25年間、変えていないこと。僕より二歳年上の女性で、最初のジーパンを作ってくれたパタンナーです。仕事がある時もない時も、ずっといてもらう。僕のこだわりです。このパタンナーは、僕が自分で最初にジーパンを作った時、僕が引いた型紙を見て、何これ?とバカにしたパタンナーです(笑)。その方とずっとやってきたからこそ、今があるのです」

フルカウントのジーパンは、約25年間、人知れず微調整が繰り返されてきた。「2ミリ削ろうか」「2ミリ出そうか」、パタンナーとのやり取りが繰り返されてきた。

元々はヴィンテージ愛好家のためのジーパンだったものが、いつしか普通の人がセルビッチのジーパンを穿くという流れの中で、微妙に変化してきた。ここ15年くらいの主流は細身&スッキリ。お尻が余っていてドカンと太いシルエットも、太いながらもスッキリ見えるシルエットに微調整してきた。ある時、一番最初のジーパンと現行モデルを比較してみたら「同じ品番か?」と思うくらい違っていた。

「僕が最初に作ったジーパンの『カッコいい』は、みんなが求める『カッコいい』とは少し異なります。もっと泥臭いカッコ良さです。結論を言ってしまえば、新モデルは25年前のパターンに戻しただけ。一発目のジーパンに戻しただけ。もちろん、25年前には気付いていなかったカッティングの場所も多数あって、それは反映しています。今回、新しいジーパンを作るうえで、今まで自分がリーチできなかった部分に辿り着けた。それが一番大きい、意味あることだと思っています」

最後に、フルカウントらしいエピソードで話を締めてくれた。

「サンプルを作ってみたら、完成していたと思っていた今までのジーパンを超えていました。25年ぶりに興奮しましたよ。スタッフに穿かせたら、みんな感動してくれた。僕は、今でも新作ができるとスタッフに意見を求めるんです。いいっすね、なんて軽く言うスタッフもいますけど、そう言うヤツはやっぱり買わない(笑)。それが新しいジーパンは、今日、スタッフ全員が買いました。朝のミーティングが終わったら、みんなが下に降りていく。何をしているのかと思ったら、全員試着(笑)。新しいジーパンが、みんなの心を動かしているな、と思いました。ようやく完成しました。25年間、お待たせしました」

フルカウントのステッチが消えた日。衝撃的な決断に至るストーリーは以上である。しかし、本当の「理由」そして「意義」は、生まれ変わった新モデルを穿き込んでこそ、初めて知り得ることなのかもしれない。

XXを追い求めてデザインされたステッチを無くすことで、結果的にXXに近付いた新モデル。すでにデリバリーは開始されている。

 

新モデルを検証する。

取材当日に届いたばかりの「0105」。生地は変更されることなく、辻田代表が惚れ込み、20年以上作り続けている13.7オンスのジンバブエコットンデニム。ピュアインディゴで染めた糸による生地は、穿き込むことで鮮やかなブルーとなり、ヴィンテージと見間違う色落ちを楽しませてくれる。この「0105」を使い、新モデルのディテールを解説する。

「お尻には余裕があり、フロントはスッキリ」

その昔、多くの炭鉱夫が作業ズボンとして愛用したジーパンは、立ったり座ったりしやすいようにお尻にある程度のゆとりが確保されていた。そのため、ジーパンを折り畳んだ時、腰からお尻に下がるラインが直線になる。フルカウントの新しいジーパンも、お尻にゆとりを持たせる直線ラインとなっている(上写真)。ちなみに、お尻にフィットさせようとすると、このラインは緩やかなカーブを描くことになる。

ヴィンテージのXXを検証すると、お尻にはゆとりがあるがフロントは余らずスッキリとしている。辻田代表は試行錯誤を繰り返してきたが、長年、解決できずにいた。

今回のリニューアルに際しても、悩みに悩み抜く毎日。そんなある日、夢を見た。どこからともなく聞こえてきた声は、パターンのある部分を指し「ここを削ればいいやん」と呟いたと言う。翌日、パタンナーに伝えてみたところ、今まで理想としてきた、膨らみを抑えたスッキリとしたフロントが実現できたのだった。

新モデルを床に置いてみるとわかりやすいが、ジーパンの前後差が大きい(上写真)。これもヴィンテージのシルエットを求めた結果である。

「大きさが異なる、ボタンの足」

一般的なジーパンでは、トップボタンもスモールボタンも、ボタン裏の足の大きさは同じだ。新モデルではボタンの足を新たに製作し、ヴィンテージのXX同様、トップボタンとスモールボタンで足の大きさを変えている。形状もフラットが一般的だが、肉厚で丸みを帯びた足を再現している。

上写真のロックミシン部にも注目。旧モデルではもう少し幅広だったが、新モデルではXXと同様の細幅に変更。従来の国産ミシンでは幅が合わなかったため、アメリカ製のミシンに入れ替えることで実現させている。同様に、インシームのロックミシン部も細幅に変更されている。

「コインポケットの位置と糸番手」

上の写真が新モデル。下写真が旧モデル。新モデルではコインポケットの位置が若干上に上げられている。さらに、新モデルではコインポケットの縫製糸が細くなり、奥行き感が増している。運針(ステッチ幅)にも変更が加えられる。

「段差のある隠しリベット脇」

辻田代表が見てきた数々のXXは、隠しリベット脇に段差がある個体が多かった。そこで、一見しただけでわかる、高低差のある段差を意識的に作っている。

「帯ベルト表裏の2ミリの差」

XXの帯ベルトの寸法を計ると、帯の幅に2ミリの差があることが判明。新モデルでは外側よりも裏側の帯ベルトの幅を2ミリ長く設定している。

「新しくなった12種類の糸」

リニュアールしたジーパンに使われる縫製糸は全12種類。そのすべてが旧モデルでは使われていなかった新しい糸だ。

「ヴィンテージに近づいた糸色」

糸の色も徹底的に見直した。例えばバックポケット付近。旧モデル(写真左)ではポケットの縦ステッチやヨーク部の糸がオレンジ系だが、新モデル(写真右)ではイエロー系に変更されている。さらに、同じイエローでも、ヨーク部とポケット部では異なるイエロー糸を採用している。

ヴィンテージのXXを検証した結果、同じイエローでもトーンが異なる糸を使っていることが判明。この事実を元に忠実に再現した結果のディテールだ。

「味わいを増した革パッチ」

素材は旧モデル(写真右)と同じゴート革だが、表面処理を変えることで艶が増し、より味わい深い表情を見せる。デザインの変更はナシ。「ONE」の印字は初期ロットだけに押印されている。

「セルビッチの鮮明なアタリ」

サイドに現れるセルビッチのアタリは、デニムラヴァーを楽しませる重要なポイント。新モデル(写真上)では地縫いの糸を、より太くすることで、よりメリハリのあるアタリを楽しめるようにしている。旧モデル(写真下)と比較すると糸の太さの違いは歴然。

新モデルでは上糸&下糸共に同じ太番手を使うため、ボビンに巻かれている下糸を頻繁に足さなければいけない。手間と時間は掛かるが、理想のジーパンのためには避けては通れない。

「海外を意識した新フラッシャー」

ジーパンのリニューアルに伴い、フラッシャーも新しくなった。デザインの変更はないが、日本をイメージさせる和紙素材が採用され、色もレッドに変更。海外でも絶大な人気を誇るフルカウントだけに、「日本」や「和」を連想させるフラッシャーに仕上げられた。

以上、新しいディテールを見てきたが、これがすべてではない。「生地以外のすべてを見直した」という辻田代表の言葉通り、数えきれないほどの改良が施された「KING of JAPAN JEANS」。ぜひ、実際に手に取り、自分の目で確認して頂きたい。